21世紀COE・次世代ユビキタス情報社会基盤の形成
第四回シンポジウム
「食の安心・安全を実現するユビキタスコンピューティング技術」

日時
平成17年3月2日(水)14:00~17:00
会場
東京大学 武田先端知ビル5階 武田ホール
主催
東京大学大学院情報学環・学際情報学府学際情報学専攻
共催
農林水産省

ごあいさつ

近年、食の安全を脅かす事件、例えば病原性大腸菌O157による食中毒やBSE(牛海綿状脳症)の発生、食肉の偽装、輸入食品の残留農薬といった問題が次々と発生し、消費者の食品に対する信頼が大きく揺らいだ。今や、食の安心と安全は国民的な課題となっている。

こうした中で、食品トレーサビリティ(food tracability)という取り組みが注目されている。食品のトレーサビリティとは、「生産・処理・加工、流通・販売のフードチェーンの各段階で、食品とその情報を追跡し遡及できること」である。これには、食品の生産履歴や流通履歴を正確に記録し、その情報を消費者が遡及(トレーシング tracing)できるようにすることや、事故の発生時に、すばやくフードチェーンを遡及して原因を究明し、問題のある製品を特定し、それらの行き先を追跡(トラッキング tracking)し、迅速に回収できるようにすることが含まれる。こうした取り組みを効率的に行い、更に消費者に対して効果的に情報提供する手段として、ユビキタスコンピューティング技術の活用が期待されている。

また、食品中の危害が人間の健康へおよぼす悪影響を把握したり、あるいはフードチェーンや食品の製造工程において危害を制御するなど、食品安全確保のさまざまな局面において情報技術が寄与しうると考えられる。

本シンポジウムでは、食品・農業分野の研究者とユビキタスコンピューティング技術の研究者が共同し、食品トレーサビリティをはじめとして、こうした食の安心・安全を実現するITに関する議論を深めたい。

坂村 健
21世紀COE「次世代ユビキタス情報社会基盤の形成」拠点リーダー
東京大学大学院情報学環教授


プログラム

13:30
受付
14:00~14:30
基調講演
「食の安心安全とユビキタスコンピューティング技術」
坂村 健(拠点リーダー、大学院情報学環副学環長・教授)
14:30~15:30
招待講演
「フードシステムの広がりと食の安全を考える」
新山 陽子(京都大学大学院農学研究科・教授)
15:30~15:45
休憩
15:45~17:00
パネルセッション
新山 陽子(京都大学大学院農学研究科・教授)
須藤 徳之(農林水産省消費安全局・参事官)
越塚 登(東京大学情報基盤センター・助教授)
コーディネーター:坂村 健
17:00
閉会

基調講演
食の安心安全とユビキタスコンピューティング技術

坂村健
21世紀COE「次世代ユビキタス情報社会基盤の形成」拠点リーダー
東京大学大学院情報学環教授

はじめに

近年、食の「安全」、「安心」という言葉を見るようになった。食の安全を脅かす事件、例えば病原性大腸菌O157による食中毒やBSE(牛海綿状脳症)の発生、食肉の偽装、輸入食品の残留農薬といった問題が次々と発生し、食品に対する消費者の信頼は大きく揺らぎ、今や食の「安全」は大きな課題である。一方、「安全」という理屈の上の問題だけではなく、「安心」という心の問題も重要である。

こうした背景の中で、食品トレーサビリティ(food tracability)という取り組みへの関心が高まっており、農林水産省をはじめ政府もこの取り組みに力を入れている。食品トレーサビリティとは、「生産・処理・加工、流通・販売のフードチェーンの各段階で、食品とその情報を追跡し遡及できること」と定義されている。これには、食品の生産履歴や流通履歴を正確に把握し、その情報を消費者が追跡するトレーシング(tracing)と、逆に事故の発生後に、原因と被害範囲をすばやく特定するトラッキング(tracking)が含まれる。

ユビキタスコンピューティングは、バーコードや二次元バーコード、RFIDなどの各種タグやセンサーネットワークなどを利用して、自動認識した現実世界の状況情報(context)を役立てる新しい情報処理のスタイルであるが、この状況情報の自動認識技術は、現実世界のモノとデジタル情報を関係付けて一括して管理することを得意としている。従って、この技術を食品トレーサビリティに適用し、生産履歴や流通履歴などの情報を連鎖させる作業を効率化すること、更に食品とともに流通した食品の情報を消費者に対して効果的に提供する手段として期待されている。

食品トレーサビリティプロジェクト

私達の食品トレーサビリティプロジェクトでは、平成15から16年度にかけて、ユビキタスID技術を使った食品のトレーサビリティの実証実験を実施している。この実験では、食品の生産履歴と流通履歴を記録し、その情報が小売店で消費者が閲覧できる。野菜など農地で生産する食品については、トレーサビリティのために農薬や肥料散布に関する情報を記録するとともに、間違った使い方を警告するナビゲーション機能を提供している。また、流通段階においては、入出荷・検品などの業務を効率化しつつ生産履歴や流通履歴の情報を連鎖させていくために、RFIDやバーコード、二次元バーコードなどの自動認識技術を活用した。消費者への情報提供という側面については、店舗での食品にRFIDを貼付して、情報提示の利便性を高め、情報提供を円滑化しつつも、安価な食品に関してはコストが問題になることから、やはりバーコードや二次元バーコードを利用した低コストな情報提供手段も開発した。

平成15年度の実証実験では、よこすか葉山農協とその組合員8件の農家が、本システムを利用して大根ときゃべつを約30,000個を生産した。生産された野菜は、よこすか葉山農協と(株)横須賀青果市場を流通し、京急ストアの能見台店、久里浜店、平和島店の3店舗で販売した。

平成16年度は、野菜単品ではなく、こうした様々な種類の食品を統合的にトレーサビリティを実現する取り組みを実施した。三越や京急ストア等の協力を得て、果物(メロン、伊予柑、イチゴ、カットフルーツなど)、肉類(豚肉、牛肉、鶏肉)、日配品(牛乳、豆腐)、米、ジュースといった多品種を扱い、食品種目の網羅性の高い実証実験を行った。実用化に向けて、食品を認識するためのタグとして、RFIDだけでなく一次元バーコードや二次元バーコードも利用した。情報を提供する端末も、次世代型のUCだけでなく、既存の商用の携帯電話の二次元バーコード認識機能を使ったり、通常のPC上のWebブラウザにucodeによる識別番号を入力することで食品の生産情報や各種履歴情報を閲覧できるようにした。

食品トレーサビリティシステムの標準化

食品トレーサビリティには、食品の安全管理やリスク管理、事故時のすみやかな回収、消費者からのクレーム対応といった品質管理と、消費者が安心して食品を食べるために必要な情報開示という二つの側面がある。

前者の場合は、各食品に関する各種属性のデータベースを構築することよりも、むしろ、何から何が作られたかを記録し、その記録をつなぐことが本質である。例えば、加工食品においては、どの原材料からどの食品が生成されたか、また野菜等の青果物であれば、どの農薬や肥料をどの作物に使ったのかといった関係である。こうした管理は、例えば加工食品工場単位では、HACCPやISO9001などで定義されている安全基準を満たすために既に実施されている。しかし、食品トレーサビリティでの課題はフードチェイン全体で記録の連鎖ができることである。つまり、工場単体内だけでトレースできるだけでなく、流通や店舗などの現場とつないでいくことが不可欠である。

各現場に導入されているシステムの現状では、食品の識別コード体系やデータベースの情報交換形式などの標準化が十分には進んでいない状況にあり、フードチェイン全体をつなげられる状況にはなっていない。従って、今後、食品の識別子やデータ交換形式や、それらのプロトコルに関して標準化を進めていくことが必要である。しかも、工場内等で利用されているシステムが既に存在し、そこからの移行も考慮すると、既存システムを活かしたゆるやかな連携による標準化が適していると考えられる。例えば、識別子(ID)を連携するためのメタIDによる標準化、データに関しては、データの交換形式の標準化である。私達は、こうした標準化の枠組みとしてucodeというメタコード体系やuTADと呼ぶRDF/XMLベースのデータ形式を提案している。

品質管理・リスク管理のために食品の履歴をたどる作業、例えば事故発生時やクレーム発生などに行われるトレースやトラックは、店舗や流通業者、食品メーカー等に電話などでコミュニケーションをとり、それぞれの組織の専門職員が食品の識別子の関係の履歴を辿れば十分なケースもある。他方、消費者への情報開示を考えると、毎回人手で問い合わせるのではなく、手軽で効率的に情報を検索できる必要がある。例えば、消費者が食品のIDを指定すれば、その食品に関するフードチェイン全体を検索して、生産情報や履歴情報を表示できるような、より統合化されたシステムである。そのためには、食品の識別コードやデータ形式の標準化だけでなく、通信プロトコルも含めたより強い標準化が求められよう。

今後の課題

こうした食品トレーサビリティのシステムが実用化されるためには、低コスト化が課題である。当然、トレーサビリティを実施し、消費者に対して豊富な食品情報の提供を行えば、システムの構築や運用コストがかかり、結果としてそれらが食品価格に上乗せされるかもしれない。安全・安心を得るために、消費者がこうした価格上昇を容認するという見方もある。我々の実証実験後の消費者へのアンケート調査でも、約半数程度の人が、安全・安心のために商品価格の1割程度であれば負担してもよいと答えた。しかし、やはり日常的な食品で1~2円の価格に敏感な消費者感覚を考えると、こうした価格へのコスト上乗せは消費者の支持を得られないという見方もある。その場合、トレーサビリティシステムを導入することにより、生産・流通の効率化も同時にはかり、そのコストを相殺することが考えられている。

参考文献

  1. 越塚登, 坂村健:「ユビキタスID技術とその応用」, 電子情報通信学会誌, Vol. 87, No. 5, 2004年5月, pp. 374~378.
  2. 越塚登, 坂村健:「食の安全・安心を実現するためのユビキタスコンピューティング技術」, 電子情報通信学会誌, Vol. 88, No. 5, 2005年5月, 掲載予定.
  3. 越塚登: 「ユビキタスIDアーキテクチャ:ユビキタス情報システムのインターオペラビリティに向けて」, 第16回食・農・環境の情報ネットワーク全国大会予稿集, 農業情報学会, 2004年, pp. 32~38.
  4. 越塚登:「ユビキタスID技術とトレーサビリティ」, 農業情報学会シンポジウム2005春 予稿集, 農業情報学会, 2005年, pp. 45~52.

本稿には、平成15、16年度「農林水産省食品トレーサビリティ実証事業」、総務省「ユビキタスネットワーク技術の研究開発(超小型チップネットワーク)」、独立行政法人情報通信機構「ユビキタスコンピューティング環境を実現する基盤プロトコルの研究開発」の成果の一部が含まれています。


招待講演
フードシステムの広がりと食の安全を考える

新山 陽子
京都大学大学院農学研究科教授

フードシステム論や農業経営学を専攻。著書に、『牛肉のフードシステム-欧米と日本の比較分析-』、『食品安全システムの実践理論』(編著)などがある。農場から食卓までの農産物や食品供給の流れにそった一連の関連産業の連鎖および消費者との関係を、社会的なトータルな調整システムとしてとらえる枠組みの開発、問題の解明に取り組んでいる。そのなかでBSE(牛海綿状脳症)問題に直面し、食品の安全と信頼に関わる社会システム、とくにトレーサビリティ確保に関わるようになった。

概要

農場から食卓までの流れをフードシステムとよぶが、現代社会では、それはきわめて多様化しながら一方では地球規模に広がっている。たとえば、日本で消費する牛肉の3分の1ずつがオーストラリアとアメリカで原産され、国際フードシステムを形づくっている。他方の局には、国内の神戸牛や松阪牛などの伝統産地が国内フードシステムの一部をしめて健在である。このような多様で、多段階なフードシステムの川上から川下までを貫いて調整できるシステムはなかったが、その現実的な可能性をもたらしたのがトレーサビリティの確保である。国際的な貿易ルールのなかでは定義が定められたのみで活用方法に合意が得られているわけではないが、欧州連合では着々と取り組みが拡大され、アメリカの研究者の間でも関心が高まっている。いくつかの産品のフードシステムや京都鳥インフルエンザの風評被害の拡大メカニズムもまじえながら、トレーサビリティが求められる背景とその活用の例などについて論じる。


パネルセッション

コーディネーター:坂村 健

21世紀COE次世代ユビキタス情報社会基盤の形成拠点リーダー
東京大学大学院情報学環・教授

パネリスト:新山 陽子

京都大学大学院農学研究科・教授

パネリスト:須藤 徳之

農林水産省消費安全局・参事官

1982年農林水産省入省。食品企業行政、農林水産業の国際問題等の関連部署のほか、ジェトロ(パリ)、運輸省(外航海運)等への出向を経験後、水産庁企画課長を経て、本年1月より現職。トレーサビリティシステム開発事業(17年度は「ユビキタス食の安全・安心システム開発事業」として拡充予定)のほか、事故等の発生した場合の危機管理体制の構築・運用などを担当。食の安全・安心の確保は、近年の農林水産行政の重要な課題となっているが、この中の重点施策の一つとしてトレーサビリティシステムの早期確立のため注力。

概要

国内でのBSEの発生を契機に牛肉についてはトレーサビリティシステムが義務付けられたが、その他の食品についても、自主的な導入が原則であるが、食の安全・安心、消費者の信頼の確立のため、トレーサビリティシステムの構築が求められている。このため、農林水産省では、平成16年3月にトレーサビリティシステム構築に向けた基本的考え方を示すとともに、累次、品目別ガイドラインを作成してきた。これと並行して、システム開発、実証試験を実施してきているところ。平成16年度までのシステム開発の成果等を踏まえ、平成17年度にはシステム開発事業の予算を拡充する予定。

消費者がトレーサビリティシステムに期待する情報は生産流通履歴情報であるが、提供の方法が「いつでも、どこでも、誰でも、容易に」情報を得られることが必須条件。この観点から、平成17年度の事業名には「ユビキタス」の用語を盛り込み、システムのイメージを強調した。一方、情報の入力側でも、負担のかからない、安価なシステムであることが必要。農水産物の生産・流通は多段階に関与する者があり、検討課題は多い。

パネリスト:越塚 登

東京大学情報基盤センター・助教授

1989年よりトロンプロジェクトに参画し、以後オペレーティングシステム、ユーザインタフェース、グラフィカルユーザインタフェースシステム、UIMS(ユーザインタフェース管理システム)などの対話型システム研究に従事した。現在は主に、ユビキタスIDセンターやT-Engineプロジェクトの活動の中で、ユビキタスコンピューティング、組込みリアルタイムシステムの研究に注力している。平成15年度よりユビキタスコンピューティング技術の重要な応用の一つとして、食品トレーサビリティシステムに関しても取り組んでいる。

概要

近年、食の安全を脅かす事件、例えばO157やBSE、食肉の偽装、輸入食品の残留農薬といった問題が次々と発生したことなどから、食の「安全」、「安心」という言葉をしばしば見かけるようになった。こうした背景の中で、食の安全性や安心を確保するための取り組みとして、食品トレーサビリティが注目されている。食品のトレーサビリティとは、「生産・処理・加工、流通・販売のフードチェーンの各段階で、食品とその情報を追跡し遡及できること」である。特に近年日本国内における国民が望むこととして、「安心・安全」ということがあげられており、こうした食品トレーサビリティといった取り組みに対する期待も高い。食品取れサービリティにける生産履歴や流通履歴などの食品情報を記録し、相互に連鎖させる作業を効率化する手段として、ユビキタス技術の活用が期待されている。ユビキタスコンピューティングはモノと情報を一体化して管理することを得意としており、食品トレーサビリティはまさにこの技術に最もマッチした応用である。我々は、ユビキタスID技術を用いた食品トレーサビリティシステムの研究開発に取り組んでおり、今日はその取り組みの状況と、その経験を通して得られた知見をお話したい。


食品トレーサビリティプロジェクト

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ユビキタスID技術を利用した食品トレーサビリティシステム

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東京大学大学院情報学環・学際情報学府学際情報学専攻
21世紀COE・次世代ユビキタス情報社会基盤の形成
第二回 ユビキタス場所情報システム・シンポジウム
発行 2004年11月16日

Copyright © 2004 by
Interfaculty Initiative in Information Studies
Graduate School of Interdisciplinary Information Studies
The University of Tokyo

 

 

 

 

 
 
 
 
           
 
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